深見東州の、海辺のびっくり個展!主催者挨拶より
今年3月に、第26回深見東州バースディ個展が開催されました。その時の深見東州先生のお話を会場の外のモニターで聞きながら、(本会場には限られた人だけが入場)メモしていたので、それを紹介しようと思いつつ、なかなかまとめられずにいました。
たちばな出版から出ているゴルフ・グローバル最新号に、その話の概要が書かれていました。なぜゴルフ雑誌にと思う方もいるでしょうけど、内容がジャンボ尾崎の凄さに関するものだったので、掲載されているのでしょう。
今回はそちらを引用し、その後に僕自身の感想や足りない部分なども書きたいと思います。なを、その時の深見東州先生の挨拶は、軽く1時間を超えていたかと思います。なので全ての内容を漏れなく再現できるわけではありません。実際のお話は、ジャンボ尾崎のことだけではなく、当日開会式に出席した政治家さんたちに関するお話もたくさんありました。
深見東州先生は、与野党関係なく、超党派でたくさんの政治家を応援されてますが、衆議院選挙直後ということもあり、当選した人もいれば、落選した人もいて、今回来場した政治家さんらも悲喜交々だったのではないかと思います。

そんな中で、ジャンボ尾崎の話と絡めながら、政治家としての今後の糧や励みになるような話だったように思います。
政治家さんたちは、別に深見東州先生から呼ばれて来たわけではありません。深見東州先生は応援している政治家さんに対して、個展に参加するように言われたことは一度もありません。みなさん、話を聞くのを楽しみにされている人が多いと聞きました。
政治家を応援したり、あるいは政治家がたくさん集まってくると、それだけで何か良からぬ企みがあるのではないか、怪しいと勘繰る人も、世間にはいるようです。そんな人も、じっさいの現場を見ると、親しい仲と言っても、深見東州先生が政治家を利用し便宜を図ってもらうとか、計算高い算段などは一切ないことが、だんだん理解できるかと思います。
また、僕らワールドメイト会員も、選挙活動の応援に関わったり、特定の政党や政治家に投票することを勧められたりなど、一切ありません。
ゴルフ・グローバルに掲載されたジャンボ尾崎に関するお話
勝負を分けるのは、ここ1番の「強さ」
半田会長は、ジャンボ尾崎の凄みは「ここ一番の強さ」にあると言う。高校時代、甲子園の決勝戦で一点差で9回裏を迎え、2アウト、ツースリーでジャンボから放たれた一言ーー
「おい佐野木、飛行機が飛んでるぞ」。この一見勝負とは無関係な言葉の直後に、ストライクを決め、甲子園初出場初優勝が生まれた逸話は、勝負師の極限状態の精神のあり方を象徴している。
ゴルフでも同様で、最終ホール、バーディパットを前にした瞬間、何を考えるのか、で差が出るという。外的環境に左右されず、雑念を断ち切り、ただ目の前の1打に集中する状態 ーー これを「禅定(ぜんじょう)」という言葉で半田氏は説明するが、「失敗したらどうしよう」などという思考を断ち切り、腹を決めるということが、トッププレーヤーとそうでない人を分ける決定的な差なのだと語った。
「(ジャンボ尾崎のように)基礎学力はあるが、子供の頃から勉強ばかりせず、優秀すぎない関西の公立高出身者が、最もノーベル賞をもらっている。偉業を為すには、毎回腹を決める事。人間の能力の大きな差だ」(半田氏)
そしてジャンボ尾崎のような偉業を成し遂げるには、二宮尊徳の言う「積小為大(せきしょういだい)」が重要だとも指摘。小さなことの積み重ねがなければ、大きなことを成し遂げることはできない、と力説した。日々の練習、体調管理、思考の整理など、地道な積み重ねが精度の高い1打を生み、それがやがて勝利へとつながるのだと言う。

往年の名手はスランプをどう乗り越えたのか?
ジャンボ尾崎にもスランプで悩んだ時期があった。半田氏はこの「スランプ」について、以下のように定義している。
「スランプとは、結果を出してきた人間だけが語れる言葉であり、優勝経験もない選手がスランプというのはおかしい。それは単なる準備不足、努力不足、実力不足にすぎない」
では、ジャンボ尾崎は、スランプをどう乗り越えたのか。彼は、スポーツ科学、体力・筋力理論、最先端のゴルフ理論など、あらゆる分野の書籍を何百冊も読み、徹底的に学んだという。その結果、40歳以降で64勝という驚異的な記録につながった。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ー 半田氏は、単なる自身の経験則で対処法を考えるのではなく、過去の偉人や歴史に学び、「同じ場面に遭遇したら、どう乗り越えて、どう考えていけばいいのか」というヒントをつかむことが、大切だと言う。
ジャンボ尾崎は、ゴルフに関係するあらゆる分野の書籍で、歴史から学んだ膨大な知識や情報を身につけた。それによってスランプを脱出し、40代以降で64勝を達成したと分析している。

ジャンボ尾崎の生きざま、死にざまを称賛
半田会長が尾崎氏の葬儀に出て思ったこと。それは、彼の「死に方」だったという。
「やりたいことをやって、わがままいっぱい言って、おいしいものばかり食べて、俺の人生は何の悔いもない、と言って死んでいったのも、立派な死に方です」
半田会長は「未来のことを憂えず、過去を悔やまずに克服するんだ、と生きているのは、禅で磨いた根性と度胸」といい、「ここ一番、命をかけてやると言う根性がなければ、悟った意味がない」と語る。ジャンボの生きざまは、まさにこの「禅境」であり、彼の気迫や輝きは、そうやって生きているからこそ放たれるものだと言う。
「根性、生きざま、志、歴史から学んだ先人の叡智、それらを以ってしても、まだまだ足りないぞ、と言って努力し続けるその精進努力(がジャンボにはあった)」
勝敗は時の運であり、政治もスポーツも人生も、時代や流れによって変わる。だが、評価されるのは勝敗ではなく、何度負けても立ち上がる力や、年齢や評価を乗り越える意志といった、「復活力」にあると語った。
半田会長は、ジャンボ尾崎という存在を通して「極限での精神力」「学び続ける知性」「何度でも立ち上がる復活力」「日々の積み重ね」が、人生にとっても重要であると強調している。
ゴルフグローバル Number39「ジャンボ尾崎に学ぶ人生・勝負の本質」より引用
補足と感想
この話に出てくる、ノーベル賞をもらった人の多くは関西の公立高校の出身者が多いという話は、産経新聞に掲載されていたそうです。その記事を読んだという人から聞いたとのことです。
そこから、超優秀な高校を出ているような賢い人たちは無駄なことはしない。お金になるかどうかわからないようなことよりも、合理的で有意義なことを勉強しているのではないか。ノーベル賞をもらうような画期的なことは、思わないし、やらないのでしょうねと。
それで、誰もやったことがないようなことをやる人間は、ある程度の基礎学力があっても、あまり子供の頃から勉強、勉強と、優秀すぎないのがいいのかもしれませんと、話されていたと思います。
ある程度の学力で、ワイルドにやっている人の方が、ここ一番の時に勝負強いと言われていました。それが、野球でもゴルフでも政界でも財界でも、大きな差になるとのことです。
「禅定(ぜんじょう)」というのは、見性し悟りを開いた時の禅、定まるということで、外層にとらわれず、うち定まりたる様。外がどうであれ、環境がどうであれ、うちに揺るぎないものを持っている。
雑念妄想とか、何も考えない、考えないということも考えないぐらいに何も考えない。無念無想というより、雑念とか失敗したらどうしようとかをパッと切って、目の前にあることをやる腹、きもです。いかなる時にも、ここ一番どう腹を決めるのかが、人間の能力の大きな差なんだという話でした。
このお話はよくワールドメイトでも聞きますね。そして、深見東州先生の生き様を知っている人でしたら、深見東州先生こそ、禅定そのものの決断や腹を、いつも括ってあることを理解できると思います。
そんな深見東州先生からすると、たとえば落選し、気持ちが萎えているとするなら、許せないことでしょうね。パッと切り替えて、志と意欲を持ち続けるようでなければダメだということでしょう。
政局も変わるし、時代の価値観もかわる。勝敗は時の運。時の運に翻弄され、へこんだとしても、また風は変わる。どれだけやって、どれだけ復活したのか。その復活する根性と精神力こそが、人間の値打ち。人々や神々も応援するポイントはそこなんだという話を、あらゆる具体例や、たとえを示した上で、楽しく面白く話されていた印象があります。
全ては書ききれませんので、今回はここまでにしておきます。

ジャンボ尾崎と深見東州先生の交流については、以下の記事を読んでください。












