複数の顔を持つ深見東州氏の活動

深見東州テレビ放送シリーズ 「豪州異文化交流」

Fuziwara

2003年5月29日にTOKYO MX で放映された「豪州異文化交流」という番組を紹介します。

こちらは、深見東州先生のオーストラリアでの文化交流を紹介した内容です。TTJたちばな出版から、その番組を収録したDVDがのちに販売されました。

また、TOSHU チャンネルにても、最近、配信されるようになりましたので視聴できます。なを制作はTOKYO MXのチームが行っており、深見東州先生は必要なコンテンツの提供のみで編集には関わっていないそうです。

梅蘭芳京劇団によるシドニー京劇公演

前半は、2003年、2月5日〜7日にシドニーオペラハウスで上演された、シドニー京劇公演の様子です。

まずはオーストラリアの文化、そして最大の都市であるシドニーの文化を軽く紹介した後、シドニーに北京から本場京劇団が来ると言う話が導入部分になります。

公演にやってくるのは、当時中国で唯一個人名がついている劇団、梅蘭芳京劇団です。シドニーオペラハウスで公演を行うため58人もの団員がやってきました。

この番組では、貴重な公演の一部を見ることができます。

日本で言えば、人間国宝のような存在である、梅蘭芳京劇団の梅葆玖(めいばおじゅう)団長は、梅蘭芳の息子です。梅蘭芳から引き継がれた、その完成された演技を引き継げる人はもう現れないだろうと言われています(2016年に82歳で永眠)。このシドニー公演では、初日に代表的な作品の一つ、京劇の名作「貴妃酔酒」で楊貴妃を演じました。

父の梅蘭芳(1894–1961)は、中国演劇のシンボルであり、京劇を世界に広めた最大の名優と言われています。端正な容姿、艶やかな歌声、本物の女性以上に気品があると評された優雅な所作で一世を風靡します。そのスタイルは「梅派(めいは)」と呼ばれています。

梅葆玖へと受け継がれた梅蘭芳の技術と精神、創り上げた様式美は、現代の京劇においてもバイブル的存在と言われています。

演技を見ると、歌舞伎の女形と似てる部分も感じましたが、京劇の場合は、女性役でもアクロバティックな役柄があったりします。

関羽役で深見東州先生登場

二日目の公演では、深見東州先生が「漢津口」の関羽役で登場します。

京劇界のレジェンド王金璐氏の直接指導のもと、公演前の深見東州先生の稽古も見ることができます。

深見東州先生は中国語の歌や台詞、京劇特有のしぐさ、立ち回りをこなし、プロとしての初舞台を堂々とした演技で、場内を沸かせました。この演技に対し、王金璐氏から愛用の青龍刀を贈られていました。

終わった後の深見東州先生へのインタビューもあります。舞台では軽々とこなしているように見えたのですが、息を切らし、汗だくになりながらの、気合の入った演技だったことがわかりました。

また、この日は「長坂坡」も上演されます。京劇界の大スター葉金援(ようきんえん)氏が趙雲役で出演し、激しい中にも、華麗なる立ち回りを見ることができます。

シドニーは中国からの移民が100万人いるとのことですが、会場2200席を埋め尽くした観客の中にも、たくさんの中国系の人々が見にきていました。ヨーロッパのオペラも大好きだが、中国の京劇も同じくらい大好きという声が紹介されていました。

パース・インターナショナルアートフェスティバル(PIAF)のワールドプレジデントに就任

番組の後半は、パース・インターナショナルアートフェスティバル(PIAF)の紹介です。

オーストラリア各地で開催される9つのフェスティバルの中で、最も古く、最も大きな芸術祭になります。

2003年のパース・インターナショナルアートフェスティバル(PIAF)は、1月16日から2月16日まで1ヶ月間にわたり開催されました。さらに記念すべき50周年であり、特別なプログラムなどが話題を集めたそうです。

最終日には、広大な公園に巨大なスクリーンが登場し、ワグナーの6時間にわたるオペラを生中継で上映するなど、大掛かりな取り組みも紹介されました。

PIAFの歴史は、2003年当時の話で、50年前に西オーストラリア大学で始まったそうです。サマースクールで全国各地から集まってくる学生たちのために、コンサートや芝居を行ったのが始まりで、最初は小規模ですが、それが音楽、ダンス、美術と広がり、現在は芸術全般から電子技術、ニューメディア、へと、50年間で巨大なイベントになったということです。

優れた芸術家を海外からバースに招くのが重要なのだそうです。世界で何が起きてるかを学ぶためと、我々のことを知ってもらう、二つの意義があるのだそうです。

毎年開催されてきたPIAFですが、PIAFのディレクターによると、50周年となる2003年は、西オーストラリアの9都市で様々な催しが行われ、豪州史上最大のフェスティバルになったそうです。

実は、この2003年のパース・インターナショナルアートフェスティバル(PIAF)のワールドプレジデントに、深見東州先生が就任されていました。パースに深い関わりを持つ国際人として、深見東州先生に白羽の矢が立ったそうです。

PIAFのディレクターは、「半田氏はオーストラリア、特に西オーストラリアでは有名であり、尊敬されている方です。西オーストラリアの芸術界において欠かせない存在で、オーケストラ、バレエ団、演劇界などあらゆる組織に協力しています。私たちはPIAF50周年という特別なフェスティバルの開催にあたって、最適なフェスティバルの代表を探していました。半田氏が最適という声が多く、彼も快く引き受けてくれました。」と語りました。前年の2002年5月29日に、パースで深見東州先生が会長を務める世界芸術文化振興協会(IFAC)との調印式が行われていました。

この番組で初めて知りましたが、このフェスティバルの成功のために、深見東州先生は、ニューヨークやロンドン、シンガポールなど、世界各地に出向いてプレゼンテーションを行い、西オーストラリアへ来てもらう、アンバサダーの役割を果たされていました。

深見東州先生自身も、東洋と西洋の芸術を結びつける、文化の交流という夢を、このフェスティバルに託していたそうです。

深見東州先生自身も音楽、アート、舞台で出演

前半に紹介したシドニー京劇公演も、西オーストラリアではありませんが、その流れの一つといえそうですね。実は梅蘭芳京劇団は、米国やヨーロッパでは公演を成功させてきましたが、梅蘭芳の最後の希望は、オーストラリアでの京劇公演なのでした。

梅蘭芳京劇団は、中国では知らない人がいないほど有名な京劇団であり、世界でも知られていますが、北京京劇院に属する複数の京劇団の中心となる京劇団です。

豪州公演が果たせないまま梅蘭芳は亡くなり、梅葆玖氏に引き継がれますが、やはり実現できずにいました。そこで北京京劇院正団員であり、梅蘭芳基金会理事長でもある深見東州先生が、オーストラリア公演の実現のために動かれ、ついに念願が叶ったのでした。

番組では、このPIAF開催中に、街の至るところでアートなイベントが繰り広げられる様子がたくさん紹介されています。さながら夏祭りのような、市民が夜遅くまで、バンドに合わせて皆で踊り、歌う、というシーンもあります。

大学が運営しているため、青少年への教育というのもテーマの一つです。次世代の演奏家を育てるために、オーケストラのコンサートを毎年開催しています。2003年は、このフェスのテーマ曲の作曲と、オーケストラの指揮を深見東州先生は依頼されます。そして管弦楽曲「サマータイム・スワン・リバー」を作曲されました。

深見東州先生が指揮をとり、若い演奏家たちが「サマータイム・スワン・リバー」を演奏するシーンは、壮大で美しい旋律が奏でられ、大喝采を浴びました。

こちらは練習風景

主催者による閉会の挨拶では、「これまでにない、芸術性の高いフェスティバルが実現しました。今年は過去20年間の私の経験にもない新しい試みに挑戦できました。これは一年前から協力してくださった半田さんのおかげであり、彼のサポートがなかったら、今日という日を迎えることはできませんでした」と語っていました。

最後に、この番組には収録されていませんが、フェスティバル期間中に、東州・麦州二人展という書画展を開催されました。先ほどのコンサートが行われたホールに、作品30点を展示し、大勢のギャラリーの前で、麦州氏と二人で即興作品の制作の実演や、作品の説明、スピーチを行いました。

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ワールドメイト会員歴は30年超
以前、「深見東州氏(ワールドメイト代表)の実像に迫るサイト」を運営していました。わけあって、新たにサイトを立ち上げる事にしました。昔、書いた記事はリライトしてから、随時、こちらのサイトに投稿する予定です。
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