幸不幸の前提と改善の方法
日本人は無宗教と言われますが、特定の宗教に入信していないだけで、神仏を否定する人は少ないと思っています。
多くの人は、ふだん意識してなくても、心の奥底では神仏の存在を否定していないと思います。ただ、今のご時世、周りの幸せそうな人の情報はたくさん入ってきますが、それと比べてみて、自分はなんと不幸が続くのだと思う人もけっこう多いと思います。神様がいるのであれば、不公平ではないかと思い、神様なんていないに違いないとなる人もいます。
日本も格差社会になりつつある、影響なのかもしれません。しかし、そう単純に神様の存在を否定するのは考えものですね。前回、日本の神々様は、人の願いを聞いてくださることを、つらつら書きました。すべて、ワールドメイトに入会し、体験したことに基づいて書いたつもりです。
神様は人の正しい願いは聞いてくださいます。人が幸せになることを願っているからです。ただし、一つ忘れてならないことがあります。そのことについて今回は書きます。前回の続きとして読んでもらえればと思います。

幸不幸の大前提となるものとは
それは、この世の原則、法則と言えるものになりますが、徳分と刧の関係です。仏教でいうところの因果応報、あるいは良い行いが良い結果を生むと言う善因善果(ぜんいんぜんか)、悪い行いが悪い結果を生むこと指す「悪因悪果(あくいんあっか)」が、まさにそれですね。
仏教や道教を取り入れ儒教的な立場で書かれた『陰隲録(いんしつろく)』にも、同じようなことが書かれています。また「易経」には積善の家には必ず余慶あり(善いことを積み重ねていく家には子々孫々まで慶福が及ぶ)、積不善の家には必ず余殃あり(不善を積み重ねている家には必ず後世まで災禍が及ぶ)と書かれています。

その原則を踏まえつつ、では、ワールドメイトではどのように考えるかというと、神仏の証が出ない、あるいは出にくいのは、コップの水にたとえるなら、コップに半分くらいの水が溜まっている状態といえます。これが徳を積んでいくと、やがてコップから水が溢れ出す瞬間が訪れます。そうすると、御神徳が溢れだすようになります。
だから、コップから水が溢れるほど溜まってないのに、神様のおかげがないから神様なんていないのだと思うのは、少し考えが浅いわけです。ひょっとすると、コップから水が溢れ出す、ギリギリのところまできているかもしれません。または、もう少し時間がかかるのかもしれません。
いずれにしても、不幸や苦しみを必ずしも悪いこととは思わない方がいいです。この世的に恵まれないとか、辛いことが続くのは、本当に苦しいことです。僕もいくつも経験があります。僕の場合は、ある占いによると、特に10代後半から20代、あるいは30代前半がそんな時期だったようです。たしかに今振り返ると、ものすごく思い当たりますね。

しかし若かったため、少しくらい辛いことや苦しいことがあっても、後ろ向きにはならず、前向きに捉えていました。また、スピリチュアルな事柄や、目に見えないものへの関心につながった一面もあります。
ワールドメイトに入会した後は、さらにその思いが加速し、周りからは大変な環境でよくやってますね、と感心されることもありましたが、別に本人は、ただ一生懸命やろうと思っていただけで、そこまで大変とは思っていませんでした。
それでも体力的にも、内面的にも、辛い時期の体験はあります。しかし今は、そのおかげで現在の自分があると確信しています。苦しい経験は自分自身の器を大きくするためであり、能力を磨くためだったと納得できたからです。また同時に苦しむことで、刧も早く減らしていたのだと思います。
ちなみに成長した経験を活かし、徳を積んでいけば、やがてコップに水は満たされ、神仏への願いも叶いやすくなりますが、刧そのものは、やはりある程度苦しまないと、なかなか減らないようです。
なので刧があるため不幸や災もおきますが、それで苦しんだ分は、刧が早く無くなっていくと同時に、自分自身の成長や向上の糧にもなっています。と言うか、進歩向上にしなければもったいないです。そう理解できるようになってからは、実は刧の存在も、ありがたいことなんだと思うようになりました。

苦しむことで刧を無くす体験
本当に刧なんか、この世にあるのかと、疑う人もいると思いますので、最後にわかりやすい体験談を一つ紹介しておきます。実は、数年前に父が亡くなり、遺産の一部を継ぐことになりました。
お金が入るのはありがたいことですが、同時に先祖からの因縁や刧も引き継ぐことになります。また、この世的な幸福の象徴の一つであるお金が、苦労もなく入ることは、その分だけ徳分を使い、減らしているともいえます。
その結果、遺産を継ぐタイミングで、何かと良くないことが起きる人を、何人か見てきました。ワールドメイト会員ではない人ですが。

僕の場合で言うと、遺産をもらったその日から、急に腰痛を発症して一年位悩まされました。病院にも何箇所か通いますが、緩和されたものの、どうしても良くなりません。死ぬまで良くならないのかなと思いました。
ワールドメイトで御祈願も行いました。その結果かどうかはわかりませんが、ある事故が起き、かなりの怪我を負いました。幸い、手術で数日間休みましたが、仕事への影響はありませんでした。
完治するまで半年ほどかかりますが、怪我で本来ならば腰痛が酷くなってもいいはずなのに、その事故をきっかけに、腰痛がピタリと治ったのでした。
僕自身が一番不思議に思ったわけですが、思わぬ怪我の苦しみによって、腰痛で苦しみ続けるという悪因縁や刧を無くしてもらったのだと確信しています。












