
「宇宙に遊ぶ、能楽師のような古典と展示会‼︎」にメイ・マスク氏登場

今週の3月18日から24日、ディズニーランドに隣接するヒルトン東京ベイにて、第25回深見東州バースデー個展が開催されます。
2025年3月18日は深見東州先生74歳の誕生日となります。25年前から毎年、この時期に書画展を開催されてきました。
歳をとると、だんだん何をやるにも面倒くさくなってくるのですが、そんな年齢に打ち勝つために、誕生日にこのような個展を開催することを決心されます。
それに合わせて新聞広告もうちます。すると絵が好きな一般の人、絵画の専門家も見にきますからね。
否が応でもこの日までに良い作品を描きあげなければなりません。そのように締め切り効果で自分自身を追い込むことで、年齢からくる気持ちの衰えに喝を入れ、克服されているわけですね。
また、最近は同時開催で、バースデー時計宝飾展示会も行われます。こちらは深見東州先生が経営される株式会社ミスズの時計事業の一環として行われます。
ミスズが運営するHANDA Watch Worldだけではなく、ヨシダ時計店や佐々木金光堂など、有名時計店も複数出店するため、大掛かりであり、品揃え豊富なことも業界で有名のようです。
クロノス編集長で時計評論家の広田雅将氏によると、毎回、海外のショップでもなかなかお目に書かれないような貴重な時計が、あたり前のように置いてあると言われていました。
といっても、ハイクラスの時計だけではありません。1~3万円くらいのリーズナブルで、おしゃれな時計も揃ってますね。そのような時計やジュエリーが、まるで野菜のように並んでいて、自由に気軽につけやすいことでも評判です。
また、ここ数年は時計宝飾展示会と個展の開催期間中に、東京芸術財団による様々なイベントが毎日のように行われます。毎年、今年は何かあるのか楽しみにしている人も大勢いますね。
僕のようなワールドメイト会員もたくさん来場しますが、見たところ、年々一般の方々の来場が増えているなと感じます。

今年は初日の18日に開幕式があります。その日の19時から特別ゲストの、メイ・マスク氏が登場します。深見東州先生とのトークショーが行われる予定です。
今をときめくイーロン・マスクの母親であるメイ・マスク氏が、どのようなツテで来ることになったのかはわかりませんが、とても興味深いトークショーになると思います。
若い頃に大変な苦労生活を送りながら、イーロン・マスクら3人の子供を立派に育て、60歳すぎてからスーパーモデルとして世界的に有名になったという経歴には、本当に感心してしまいました。
「72歳今日が人生最高の日」という著作も読んでみたいと思います。

深見東州先生は能楽師であり、舞台芸術に精通されていますが、世阿弥の「風姿花伝」の話をよくされます。
舞台で輝いている人を、あの人は華があるとよく言います。今はオーラがすごいと言うのかも知れません。世阿弥は華ではなく花という字を使ってますけどね。
30代、40代で、花がある舞台人になることが多いと思いますが、花の中の花になると、晩年、歳を経てからになるようです。
もしかすると、メイ・マスク氏のような方が、そのような人なのかもしれませんね。

そして今回のイベントは、深見東州先生が、様々な役になりきって、色々なことをされるようです。
実際に始まってみないとわからない部分もありますが、ボーダレス歌手である深見東州先生による、深見東州「カンツォーネを歌うトークショー」が開催されます。
また、経営者であり、菱法律・経済・政治研究所所長半田晴久として、半田晴久「ビジネス分析と経営評論」が開催されます。
また、文芸家のペンネーム戸渡阿見という別名をお持ちですが、戸渡阿見「俳句、短歌、詩、川柳、小説評論」が開催されます。
また、去年から漫談家「世界の中心で笑いこける」としても活動中ですが、漫談・ピアノコンサート!‼︎が開催されます。
また、能楽師であり、最近は東州なんちゃって冠者として狂言にもチャレンジされましたが、今回も、深見流即興狂言「棒しばらない」が上演されます。
そして最後に、料理人としても異才を発揮される深見東州先生が、料理人東州の料理教室を開催されます。
今回、チラシには以下のような文学的、哲学的なリード文が掲載されていました。
人生という舞台で、自分をどう表見するか。
そんな事は、どうでもいい。ただ観客が、人々が、喜んで幸せならいい。
それが、本当の舞台人。それが、本当の花心だ。
自分という、ちっぽけなものを捨てれば、無為にして成さざるはなし。
それが、世阿弥の求めた能楽師の道、老子の精神だ。
面を変えるだけで、何者にも成り切れる。それが、能楽師。
得意不得意や、人や化物の区別もない。
あらゆる役になり切り、
人々を幸せにしたいだけだ。
楽しく、ユーモアをもって。
深見東州
深見東州先生は、別に自己満足のために、いろんなことをされているわけではありません。
全てのことは、ただ、人が喜んでくれればいい、幸せになってくれればいい、そんな気持ちでされています。
好きだからするのであれば、もっと絞って集中してやると思います。あれだけさまざまなことをやろうなどと思う人は、まずいないでしょう。混乱し疲弊して終わってしまうだけでしょうから。
深見東州先生は神道系宗教家でもあります。その宗教も、人が幸せになればいい、宗教といってもただそれだけです、と言われていました。
あれがしたい、これがしたいとかもなく、好き嫌いも関係なく、ただ神仏のまにまに、いろんなことにチャレンジされ、努力してこられました。全てが人々の幸せのためであり、社会を良くしたいという思いからです。
自分を世の中でどう表現しようとか、世に何かを残したいとか、そんなちっぽけな自分という存在を捨てれば、老子がいうところの「無為にしてなさざるはなし」、ということになるのでしょう。つまり、なんでもできようになると言うことです。