ワールドメイトは日常生活を大事にする宗教
ワールドメイトでは、生活修行というものを大事にしています。それは深見東州先生の師匠である植松愛子先生の、「生活の中に全てがある」という教えにそったものでもあります。
ワールドメイトでは「神人合一の道」が、重要なテーマになっています。しかしどんなに深遠なことを悟っても、大変な学識があっても、摩訶不思議な霊能力があったとしても、生活の中で実践し、生活に応用できなければ、本当ではありませんと言われています。
神様ごととか、神人合一の道といっても、生活の中に全てがあり、家庭、仕事、交友関係など、生活に関わる全てのことを、より素晴らしくしていくことの中に、本当の神の道もあると思います。神道は、生活修行が大事になるのです。

たとえば、コロナが流行していた時に、政府がコロナ対策でマスクを配布したことがありましたね。優秀な、厚生労働省の官僚たちが知恵を絞って対策を練り、政府に進言したのだと思いますが、マスクの配布の時期、不良品への対応など、ポイントがずれていました。
マスク配布をせっかく決めても、より早く配れるような工夫が見られません。不良品も、まず先に配って後から取り替える措置で良かったと思います。ただでさえ配布の時期が遅いのに、さらに大きく時期を外し、検品作業で余計な経費が膨みました。一刻でも早く国民に届けるという最重要ポイントがわかってないのではないかと思いました。
何がポイントなのかを押さえて、それを踏まえて努力しなくては、結果的に無駄が多く、あまり役に立ちません。

単純な例えですが、お店の販売員は、お客様の来店が増える時間に売り上げを上げることに専念しなければいけません。なのに事務的な作業に気を取られていたとするなら、大事な販売のタイミングを逃して売上は上がりません。
普段の生活でも、洗濯は、夜よりもお昼に洗濯する方が早く乾きます。昼間にできるのなら、わざわざ夜に洗濯するのは効率が悪いです。このようなことを平気でする人は、今はこの仕事をしなくてはいけないときでも、つい、今しなくてもよい仕事をしてしまう人だといえます。ポイントやタイミングを外す人になるわけです。
ちょっとしたことですが、生活や仕事における要領、準備、段取りに、手際が悪く無駄が多い人は、生活の知恵が足りない、生活修行ができてないわけです。

深見東州先生の師である植松愛子先生は、祖父母、ご主人、子供の食事を作るときに、年齢別に3パターン、毎回違うメニューを作られていたと聞きました。それも手際よく、作り終えた時には片付けものも済んでいるそうです。そうすると、その分の時間を他の有意義なことに使うことができます。
そのような手際の良さは、学校の勉強では決して教えてもらえません。実践を通して身につけるしかありません。料理の準備・段取り、後片付けをスピーディーにタイミングよく、しかも美味しく、種類もいろいろできるような人は、きっと他の仕事をさせても、テキパキと、ツボにはまった仕事ができる、賢い優秀な人になると思います。
会社においては、特殊な専門職を除けば、学歴の優劣に関係なく、体当たりでやれる人、機転が効く人、臨機応変に対応でき知恵が回る人、よく気が利く人などが、仕事もできます。些細なことのように思えても、日常において、生活の知恵を磨いている人、生活修行が進んでいる人は、仕事でもそれが生かされ、役に立つわけです。
職場では、失敗をするたびに、上司から指導されたり、叱られながら体で仕事を覚えることも生活修行、生活の知恵を磨く基礎になっているといえるでしょう。

そのように鍛えられていくと、ポイントを押さえ、段取りよく、スピーディーに無駄なく仕事や作業をこなしていけるようになっていきます。
それが究極まで磨かれ神技のようなレベルになってくると、神様の叡智と直結した状態になっているそうです。
ワールドメイト会員でしたら、深見東州先生が、あらゆるイベントや行事を、同時並行で準備しながら、その全てを成功させ、来場した人たちを満足させてきたことを知っていると思います。
深見東州先生とお付き合いが長いメディアの人たちも、なぜ、そんなことができるのか、そのことに本当に驚いているそうです。
深見東州先生は毎回、そのような準備・段取り、後片付けに至るまで、現実的な多くの指導をされます。それこそが生活修行になるわけですが、神人合一のお手本となる、生活の知恵のかたまりである深見東州先生から学び、できるだけ吸収しなければもったいないわけです。
宗教的な教えをいくら学んでも、そこから学び、できるようにならなければ、本当の神様の教えを学んだとはいえないし、現実もあまり良くなりません。

ひところ断捨離とか、片付け上手な人、整理整頓が上手な人が脚光を浴びました。トヨタの整理整頓も有名で業績につながる大事な基礎になっています。トヨタは5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)を徹底していると言われています。
ワールドメイトの教えも、そこが基本中の基本です。宗教団体ですので、さらに深い意味も含まれていますが。
ワールドメイトのベースになる神道は、清潔主義です。神社は綺麗に掃き清められています。神様は綺麗好きですから、神様をお迎えするためには清潔に、綺麗にしておくことが必要です。
ワールドメイトでは、掃除や整理整頓は叱られるからするのでも、単に綺麗好きだからするのでもありません。神様にきていただくために行います。そうすることで邪気も払われますし、自分自身の内側から輝く状態になるそうです。
宗教を熱心に信仰し、お布施をしても、その人に合ったレベルの神様しかきてくれません。それゆえ、素晴らしい神様をお迎えするためにも、清々しい場所、自分にしておくことが、神人合一の道の基礎中の基礎になります。

生活の中に全てがあるというのは、身の回りの整理整頓や雑用から始まり、生活の知恵を身につけていかないといけません。その意味を知って、ただ今ただ今に研鑽し努力を重ねて、一つ一つ体得してくしかありません。
その努力が神様が願う「真・善・美」にかない、愛を貫き、清浄にして徳を積むことが大事になります。
「真・善・美」というのは、たとえば家庭内でしたら、よりセンスの良いものを身につけることも大事です。センスを磨き、できる範囲で良いものを身につけ、生活がより美しくなるよう努力することはできます。
より無駄がなく、効率よく生活できる環境も大事ですよね。そして、見栄や虚栄心を満たすためにするのではなく、大切な人をもてなすためとか、家族の幸せを願ってするのであれば、それは善なる心といえます。











